絹のいのち

絹のいのち

おめでたい日に、茜色の夕焼け空のような着物を着た。これは、私の一張羅の着物。

十九歳の時に、私の成人式に着物を買ってくれると言っていた祖母が、突然事故で亡くなった。母は、「ばあちゃんが、着物を買ってくれると言ってたから・・・」と、成人式ののち、私に一枚の着物を買ってくれた。

「長く着られるように」
母は、若い人が着る振袖ではなく、当時、相当がんばって、訪問着を与えてくれた。

その着物を大学の卒業式の時に初めて着た。そのときの私には、振袖も附下も訪問着も、違いは分からなかった。ただ、レンタルとは違って、自分の身丈に合って、裄丈に添って、袖を通した時に、ふわっと何かにまとわれるような心地よい感触になったことは、よく覚えている。

「この着物を自分で着られるようになりたい」
それが、私が着物の世界に入ったきっかけだ。その後、シルクの世界へと我が身を置くようになった。

あれから三十有余年、私は何度その着物を着たことだろう。両手の指の数をはるかに超えている。会社の祝賀式、友達の結婚式、結婚のご挨拶、お正月のお年賀、親戚の結婚式、子どもの七五三、同僚の結婚式…。そのときどきの大切な想いとともに、1枚の着物は私と一緒に年月を重ねてきた。今も、袖を通すたび、少しサラッとしながら私の身に、以前と変わらず、ふわっと来るものがある。これがお蚕さまのいのちなのかな、とも思う。

日常的には、流行りの洋服を、その都度、何枚も、似合うと思って喜んで買う。明日着ていく喜び、目に留まる楽しみ、それもまた嬉しい。でも、時が過ぎれば、合わなくなって、もう着なくなって、躊躇なく捨てる。そのサイクルを何年繰り返してきたことだろう。

でも、着物は今もここにあって、そして、そのときどきの自分に合うように、絹の着物は私の身に寄り添う。同じものであるのに、ちょっとオシャレに、ちょっとよそ行きモードに、ちょっと自分にとって大切なときに、そんな特別な日ごとに、一歩踏み出す私に寄り添ってくれた。

二十二歳の私には若い時の私なりに、五十五歳の私にはその歳にふさわしく映し出してくれる、この不思議。

お蚕さまのいのちは、絹となって私の身をまとう。時間の流れの中で、絹は柔らかく、カラダになじむように育ってきたようにも思う。私のカラダをスッと包んで、ふくいくと空気を含み、私の身を整えてくれる。

絹は生きている。

(執筆:シルクキュレーター 林久美子)