蚕?カイコ?

蚕?カイコ?

私たちの周りは多くの言葉であふれています。そしてその表記もさまざまで、字を見てイメージすることも少なくありません。

その一つが、漢字とカタカナです。

同じものであっても、漢字、カタカナか、ひらがなかで、受け取るものは変わってきます。

 

例えば「カイコ」という言葉。

そもそもカイコは学名Bombyx mori で、鱗翅目カイコガ科に属する昆虫で、幼虫がカイコ。カイコは、桑の葉を食べて育ち、糸を吐いて繭をつくり、その繭の中で変態して蛹となり、カイコ蛾になります。

この糸を人間が繊維素材として利用したものが絹(シルク)です。

シルクロードの昔から、人間の中で永く愛され、身にまとわれてきた絹は、文明社会が発達した現在においても、カイコからでしか生み出すことはできません。

その表現の仕方が「カイコ」であり、「蚕」です。

 

天の虫と書く「蚕」という字は、古くは「蠶」と書かれてきました。

江戸時代の俳人 小林一茶の句に「さまづけに育てられたる蚕かな」とあるように、昔から「蚕」は「お蚕さま」と呼ばれて、人間の中で育てられてきました。

その言葉は今も各地に残り、「お蚕さま」「お蚕」と呼ばれています。その場合の「カイコ」は、「蚕」という漢字です。

 

また、現在は着るものとしての絹ではなく、新用途としての絹、シルクの利用として「カイコ」の研究開発が進んでいます。有用な物質を、タンパク質合成するカイコの体内機能を利用して生成する昆虫工場としての「カイコ」。それはカタカナの表記です。

 

言葉一つとっても、その奥にあるものを垣間見るとき、人はそのマッチングの妙を味わい、フィッティングの心地良さを心に感じます。

「蚕」には、「お蚕さま」という響きの中に、その文化や歴史や伝統や産業、芸術や精神性など人の思いがあふれています。

「カイコ」には、サイエンスや研究、昆虫学、生物、医療、製薬、科学という合理性や未来志向も内包しています。

 

このような「蚕」に始まる多重に織りなされる多彩なものが綾となって、今、私たちの前に存在します。

そして、いろいろな膨らみがありながらも、「蚕」は太古から人の中で育まれてきた「お蚕」という生き物であることはゆるぎない事実です。

そのさまざまな想いを大切にしながら、これからも「お蚕」のことを考えていきたいと思います。

(執筆:林 久美子)